Author Archives: なおみ

4333、岩手より愛をこめて no.16 橋野高炉跡(はしのこうろあと)

続いて、橋野高炉跡(はしのこうろあと)、

>橋野高炉跡(はしのこうろあと)は、岩手県釜石市橋野町に所在する高炉跡。国の史跡に指定(1957年)されている。世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産となっている。登録名は「橋野鉄鉱山」。水戸藩の那珂湊反射炉に大砲用の銑鉄を供給するため南部藩によって建設された。橋野高炉へ鉄鉱石を供給していたのが橋野鉄鉱山である。高炉から南へ2.6kmの大峰山麓北西谷間に採掘坑跡があり、その間に断片的に運搬路跡も残る。高炉場の一番奥にゲートがあり、二股林道として道は続くが国有林のため立入禁止。さらに進むと鉱山所有者である日鉄鉱業のゲートもあり、その先は社有地(私有地)となる。運搬路は二股川(二又沢)沿いにあり、途中で分岐し西又沢の源流域付近に採掘場がある。採掘場は露天掘りの立坑で、小さなものはすり鉢状、大きなものはクレーター状を成す。すり鉢状採掘坑の周囲には土留め用の石垣が巡らされている。クレーター状採掘坑は後にズリ(鉱石以外の捨て石)を廃棄する投げ込み場に転用され、開口部の落ち際にはズリを運搬したトロッコ軌道の枕木が残る。昭和以降開削され大峰山直下を貫通横断する斜坑の出入口もあるが、コンクリートで封鎖されている。㊟橋野鉄鉱山は法的に立入禁止区域であり、林道と戦後の作業道以外は道筋が不明瞭で標識もなく迷いやすく、落石や熊との遭遇などもあるので無断での侵入は慎む必要がある。

引用終わり、
近くの公園で桜が咲いていて、遊具もあって遊びつつ、
地続きで敷地につながっていて、特別入り口などがあるわけでもなく、
なんとものどかな跡地という記憶だが、
熊と言われると、今思えば怖い。季節が違うけどさ。

4332、親になる no.293、長男、二回目の体育学習発表会

2025/10/28(火)、本来土曜日だったのだけど、雨で延期、第一予備日の翌日曜日も雨で延期、
翌月曜日は、振替休日にしていたので、予定がかわっても困るということか、そのまま休みで、火曜日になりましたと。
9:45-10:15の演技時間ということで、9:15に会社を出、10:45に会社に戻る。
さすがにスーツ姿のお父さん多め。
そして、そこまでする必要がどうしてもわからないけど、かなり前から大行列。

〇〇ボンファイヤーという踊り。〇〇は小学校名。
なんか聞いたことないけど、ディズニーの曲で皆で踊る。
踊りは先生が考えたらしい。こういう時、ディズニーには許諾を取ったり、お金を払ったりするんだろうか?

続いて大玉ころがし、トラックに生徒が並び、生徒は動かず、大玉だけを転がして、
トラック半周、行って戻る、最後は中央の台に代表四名が乗せる。
試技は二回あり、一回目はまあたしかに同着、二回目は赤組の勝ち。

まあ、なんというか、早生まれだからか、結構大人びた顔立ちになってくるのね、二年生の中。
まだまだ幼児顔と幼児体系の長男だと思いました。

4330、岩手より愛をこめて no.14 中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)

2023/05/05(金・祝)、写真の撮影時間を頼ると、08:08には、正門?で撮影しているので、何時に起きたんだ、朝ご飯はどうしたんだ、ということだが、中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)、

>中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)は、岩手県西磐井郡平泉町の中尊寺にある平安時代後期建立の仏堂である。奥州藤原氏初代藤原清衡が天治元年(1124年)に建立したもので、平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例であり、当代の技術を集めたものとして国宝に指定されている。堂の所有者は宗教法人金色院である。

引用終わり、
引用しようとすると終わらないので割愛。
ということで、片道10時間?かけて、車で行く甲斐があったかというと、
他の手段で行けばいいじゃんという話になるんだが、中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)自体には、行っておいた方がいいね、
の上に位置する、行っておいた方がいいよ、の上、行っておかないとね、いや、行っておかないと勿体ない、行っておくべき、くらいかな。

ちょっと一度、行っておこうを、数値化しておいた方がいいな。

4328、岩手より愛をこめて no.12 道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)

続いて、道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)、

>道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある国道4号に、2017年(平成29年)4月27日にオープンした道の駅。愛称は黄金花咲く理想郷(くがねはなさくりそうきょう)。公募した中から産金地としての東北を連想させ、世界遺産に登録された平泉の理念である「生きとし生けるものすべての平等と共生」を意味する「理想郷」が道の駅平泉をより強くアピールすることができるとして選ばれた。休憩・情報交流・地域連携の機能をもつ、道の駅施設ゾーンと平安時代末期の遺跡、柳之御所遺跡(やなぎのごしょいせき)の資料館としての機能をもつ、ガイダンス施設ゾーンの二つからなり、柳之御所拝殿にあったとされる奥州藤原氏の政庁を模した入母屋造風の外観を採用した。非常用発電機、災害用トイレ、受水槽、備蓄倉庫などを備え、災害時には防災拠点として機能する。

引用終わり、
なんだか認知されてるのか知らん、よくわかんない愛称がついているが、
まあ、普通だったかと。

4327、岩手より愛をこめて no.11 平泉世界遺産ガイダンスセンター

続いて、平泉世界遺産ガイダンスセンター、

>平泉世界遺産ガイダンスセンターは、世界遺産をはじめとする「平泉の文化遺産」の価値を広く世界中に伝え、人類共通の財産として後世へ継承するための拠点となる施設です。「平泉の文化遺産」の構成資産及び関連する遺跡の周遊の出発点として、その価値や特徴を分かりやすく紹介します。入館料金、一般:320円(団体140円/人) 学生:140円(団体70円/人) 高校生以下無料

引用終わり、

いけてたのかどうなのか、思い出せん。

4326、岩手より愛をこめて no.10 源義経公妻子の墓・千手堂

続いて、、源義経公妻子の墓・千手堂

>源義経公妻子の墓・千手堂は、平泉町平泉花立にある名所旧跡です。源義経公妻子の墓・千手堂は、寺院千手院が管理している墓・堂宇で、源義経公妻子の墓とされる墓は、金鶏山の山麓にあったものを当地へ移して供養しているといいます。また千手堂は、千手観音像安置を本尊として、弁財天尊や藤原三代将軍の御位牌などを安置しています。

引用終わり、

なんかここは、車を降りてからそこそこ歩いた模様。

4325、岩手より愛をこめて no.9 達谷窟(たっこくのいわや)

続いて、達谷窟(たっこくのいわや)、

>達谷窟(たっこくのいわや)は、岩手県西磐井郡平泉町に所在する毘沙門天をまつった堂(寺院)。国の史跡。延暦20年(801年)、征夷大将軍であった坂上田村麻呂が、ここを拠点としていた悪路王を討伐した記念として建てた。正式には、達谷窟毘沙門堂。平泉の南西約6キロメートルに位置する。北上川の支流太田川を西にさかのぼると、谷を分岐する丘陵尾根があり、その先端部に現在の天台宗達谷西光寺がある。達谷西光寺境内の西側には、東西の長さ約150メートル、最大標高差およそ35メートルにおよぶ岸壁があり、その下方の岩屋に懸造の窟毘沙門堂がある。さらにその西側の岸壁上部には大日如来あるいは阿弥陀如来といわれる大きな磨崖仏が刻まれている。達谷西光寺の境内は神域とされ、喫煙や飲食、ペット等動物を連れての参拝が禁じられている。別当は達谷西光寺であるが、境内入口には鳥居が建てられており、神仏混淆の社寺となっている。源頼朝も鎌倉への帰路に参拝している。

引用終わり、

広くはないけれど、たしかに見どころって感じ。

4324、岩手より愛をこめて no.8 厳美渓の団子

その厳美渓では、団子が有名で、中でも、

>郭公だんご(かっこうだんご)は、岩手県一関市にある磐井川中流の渓谷・厳美渓をロープによって横断する独特の方法で販売される団子である。厳美渓の茶屋「郭公屋」が販売しており、厳美渓の名物として知られている。名前の由来は、創業者の千葉酉吉がカッコウの物真似が得意であったこと。団子の種類はあんこ、黒ごま、醤油(みたらし団子)の3種類。刺してある団子の数は5つで、これはこの辺りが古くは五串(いつくし)村と呼ばれていたことに由来する。茶屋「郭公屋」から対岸に設けられた東屋(休憩所、高低差は下)に縄が張られており(現在はワイヤーロープになっている)、購入する際には対岸にある移動式の竹籠にお金を入れて備え付けの木槌で板を叩くと、籠が茶屋に引き上げられ、お茶とお団子のセット、お釣りが入って戻ってくる。この様子が「空飛ぶだんご」として知られ、名物となっている。茶屋「郭公屋」には赤い帽子にちゃんちゃんこを着た初代創業者、千葉酉吉を模した手製の木製像が置かれ、観光客を見守っている。

引用終わり、
食べログで評価をしていていないので、ここの団子は行列が凄くてあきらめたのだったか。
近くの別の店で団子を食べた気もするのだが、痕跡が見当たらないので食べていないのか?