Author Archives: なおみ

4335、岩手より愛をこめて no.18 サンマリン気仙沼ホテル観洋 3.22、個人3.4

気仙沼の宿へ、サンマリン気仙沼ホテル観洋 3.22、個人3.4、

>サンマリン気仙沼ホテル観洋、客室からは気仙沼湾を一望でき、日中はもちろん気仙沼湾横断橋や漁港の夜景を目の前に望めます。地下1,800mから湧く自家源泉の元湯気仙沼温泉。塩分濃度が高いため、湯に浸かると身体が浮く感覚の「浮遊浴」がお楽しみいただけます。お食事は目の前の魚市場で水揚げされた地場の新鮮な魚介類が、四季折々にご堪能いただけます。また、ホテルの近くには「海鮮市場海の市」もあり、新鮮な魚介類や水産加工品、お土産用菓子など何でも揃いますのでどうぞお立ち寄りください。

引用終わり、

どうしても、地震があって、津波が来たら、大丈夫なのかしら、とか考えてしまう、
当時それが大丈夫だった、海岸からもかなり近いのだけど、かなりの高台にあるホテルなのだけど。

4334、岩手より愛をこめて no.17 滝観洞(ろうかんどう)

続いて、滝観洞(ろうかんどう)、

>滝観洞(ろうかんどう)は、岩手県気仙郡住田町上有住かみありすにある石灰岩からなる鍾乳洞(洞窟)。滝観洞観光センターが設置され、住田町の著名な観光名所の一つである。滝観洞は石灰岩でできた鍾乳洞で、これまでの調査と測量で総延長3,635メートル以上(国内第10位)、高低差115メートル(国内第24位)と報告されている。一般公開されているのは、入口から天の岩戸の滝までである。入口から地底を約880メートル進んだところにあるドーム状の空間は高さ60メートル、周囲50メートルの広さがある。その天井の裂け目から流れ落ちる洞窟内の滝は、29メートルの落差を持ち、1958年(昭和33年)に滝観洞を訪問した女流歌人の柳原白蓮によって「天の岩戸の滝(あまのいわとのたき)」と命名された。天の岩戸の滝より奥の非公開部にも、少なくとも2つの滝と1つの地底湖が確認されており、それぞれ住田の滝、重義しげよしの滝、無限の泉と命名されている。

引用終わり、
間違っているかもしれんが、ここは精度がかなり高く、相当面白かったところだろうか。

4333、岩手より愛をこめて no.16 橋野高炉跡(はしのこうろあと)

続いて、橋野高炉跡(はしのこうろあと)、

>橋野高炉跡(はしのこうろあと)は、岩手県釜石市橋野町に所在する高炉跡。国の史跡に指定(1957年)されている。世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産となっている。登録名は「橋野鉄鉱山」。水戸藩の那珂湊反射炉に大砲用の銑鉄を供給するため南部藩によって建設された。橋野高炉へ鉄鉱石を供給していたのが橋野鉄鉱山である。高炉から南へ2.6kmの大峰山麓北西谷間に採掘坑跡があり、その間に断片的に運搬路跡も残る。高炉場の一番奥にゲートがあり、二股林道として道は続くが国有林のため立入禁止。さらに進むと鉱山所有者である日鉄鉱業のゲートもあり、その先は社有地(私有地)となる。運搬路は二股川(二又沢)沿いにあり、途中で分岐し西又沢の源流域付近に採掘場がある。採掘場は露天掘りの立坑で、小さなものはすり鉢状、大きなものはクレーター状を成す。すり鉢状採掘坑の周囲には土留め用の石垣が巡らされている。クレーター状採掘坑は後にズリ(鉱石以外の捨て石)を廃棄する投げ込み場に転用され、開口部の落ち際にはズリを運搬したトロッコ軌道の枕木が残る。昭和以降開削され大峰山直下を貫通横断する斜坑の出入口もあるが、コンクリートで封鎖されている。㊟橋野鉄鉱山は法的に立入禁止区域であり、林道と戦後の作業道以外は道筋が不明瞭で標識もなく迷いやすく、落石や熊との遭遇などもあるので無断での侵入は慎む必要がある。

引用終わり、
近くの公園で桜が咲いていて、遊具もあって遊びつつ、
地続きで敷地につながっていて、特別入り口などがあるわけでもなく、
なんとものどかな跡地という記憶だが、
熊と言われると、今思えば怖い。季節が違うけどさ。

4332、親になる no.293、長男、二回目の体育学習発表会

2025/10/28(火)、本来土曜日だったのだけど、雨で延期、第一予備日の翌日曜日も雨で延期、
翌月曜日は、振替休日にしていたので、予定がかわっても困るということか、そのまま休みで、火曜日になりましたと。
9:45-10:15の演技時間ということで、9:15に会社を出、10:45に会社に戻る。
さすがにスーツ姿のお父さん多め。
そして、そこまでする必要がどうしてもわからないけど、かなり前から大行列。

〇〇ボンファイヤーという踊り。〇〇は小学校名。
なんか聞いたことないけど、ディズニーの曲で皆で踊る。
踊りは先生が考えたらしい。こういう時、ディズニーには許諾を取ったり、お金を払ったりするんだろうか?

続いて大玉ころがし、トラックに生徒が並び、生徒は動かず、大玉だけを転がして、
トラック半周、行って戻る、最後は中央の台に代表四名が乗せる。
試技は二回あり、一回目はまあたしかに同着、二回目は赤組の勝ち。

まあ、なんというか、早生まれだからか、結構大人びた顔立ちになってくるのね、二年生の中。
まだまだ幼児顔と幼児体系の長男だと思いました。

4330、岩手より愛をこめて no.14 中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)

2023/05/05(金・祝)、写真の撮影時間を頼ると、08:08には、正門?で撮影しているので、何時に起きたんだ、朝ご飯はどうしたんだ、ということだが、中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)、

>中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)は、岩手県西磐井郡平泉町の中尊寺にある平安時代後期建立の仏堂である。奥州藤原氏初代藤原清衡が天治元年(1124年)に建立したもので、平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例であり、当代の技術を集めたものとして国宝に指定されている。堂の所有者は宗教法人金色院である。

引用終わり、
引用しようとすると終わらないので割愛。
ということで、片道10時間?かけて、車で行く甲斐があったかというと、
他の手段で行けばいいじゃんという話になるんだが、中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)自体には、行っておいた方がいいね、
の上に位置する、行っておいた方がいいよ、の上、行っておかないとね、いや、行っておかないと勿体ない、行っておくべき、くらいかな。

ちょっと一度、行っておこうを、数値化しておいた方がいいな。

4328、岩手より愛をこめて no.12 道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)

続いて、道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)、

>道の駅平泉(みちのえき ひらいずみ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある国道4号に、2017年(平成29年)4月27日にオープンした道の駅。愛称は黄金花咲く理想郷(くがねはなさくりそうきょう)。公募した中から産金地としての東北を連想させ、世界遺産に登録された平泉の理念である「生きとし生けるものすべての平等と共生」を意味する「理想郷」が道の駅平泉をより強くアピールすることができるとして選ばれた。休憩・情報交流・地域連携の機能をもつ、道の駅施設ゾーンと平安時代末期の遺跡、柳之御所遺跡(やなぎのごしょいせき)の資料館としての機能をもつ、ガイダンス施設ゾーンの二つからなり、柳之御所拝殿にあったとされる奥州藤原氏の政庁を模した入母屋造風の外観を採用した。非常用発電機、災害用トイレ、受水槽、備蓄倉庫などを備え、災害時には防災拠点として機能する。

引用終わり、
なんだか認知されてるのか知らん、よくわかんない愛称がついているが、
まあ、普通だったかと。

4327、岩手より愛をこめて no.11 平泉世界遺産ガイダンスセンター

続いて、平泉世界遺産ガイダンスセンター、

>平泉世界遺産ガイダンスセンターは、世界遺産をはじめとする「平泉の文化遺産」の価値を広く世界中に伝え、人類共通の財産として後世へ継承するための拠点となる施設です。「平泉の文化遺産」の構成資産及び関連する遺跡の周遊の出発点として、その価値や特徴を分かりやすく紹介します。入館料金、一般:320円(団体140円/人) 学生:140円(団体70円/人) 高校生以下無料

引用終わり、

いけてたのかどうなのか、思い出せん。

4326、岩手より愛をこめて no.10 源義経公妻子の墓・千手堂

続いて、、源義経公妻子の墓・千手堂

>源義経公妻子の墓・千手堂は、平泉町平泉花立にある名所旧跡です。源義経公妻子の墓・千手堂は、寺院千手院が管理している墓・堂宇で、源義経公妻子の墓とされる墓は、金鶏山の山麓にあったものを当地へ移して供養しているといいます。また千手堂は、千手観音像安置を本尊として、弁財天尊や藤原三代将軍の御位牌などを安置しています。

引用終わり、

なんかここは、車を降りてからそこそこ歩いた模様。