Author Archives: なおみ

4239、筑波山梅林

この日の最後は、筑波山梅林、

>筑波山梅林は、筑波山中腹の標高約250メートル付近に位置する市営の梅林で、筑波山地域ジオパークの見どころの一つとなっています。斜面に広がる4.5ヘクタールの園内には、約1,000本の白梅・紅梅が植えられており、早咲きのものは1月下旬に見頃となるものもあります。園内のいたるところには筑波石とよばれる班れい岩の巨石が散在し、梅とのコントラストも素晴らしく、独特の趣があります。梅林最上部には「展望四阿(あずまや)」があり、専用駐車場から展望四阿までは、全長130メートルのつづら折りで傾斜の緩やかな木道を整備しており、小さな子供たちからお年寄りの方、また車椅子でも登ることが出来ます。(ただし、展望四阿専用駐車場は梅まつり期間中使用不可)「展望四阿」からは、眼下に梅林全体を見渡せ、山麓の田園風景や学園都市の街並み、好天日には富士山や東京スカイツリー等も見渡すこともできます。

引用終わり、
全体としては、もう少し早く行くべきだったわけだが、
それでも結構見ごろの梅もあるような写真。

4238、常陸風土記の丘

次に、常陸風土記の丘、

>常陸風土記の丘、市内には、今から1万年以上も前の旧石器・縄文時代から弥生時代にいたる数多くの遺跡があります。さらに4~6世紀の古墳時代の遺跡として、茨城県内最大規模を誇る舟塚山古墳をはじめ、府中愛宕山古墳、要害山一号墳など数多くの古墳が見られることから、古代豪族がこの地に割拠していたことを物語っています。7世紀の半ばに常陸国が誕生すると、地方国の中枢となる国衙(こくが)が置かれ、国分寺・国分尼寺が建立されました。以後、常陸国の中心地として、本県最古の都市として大いに繁栄しました。「常陸風土記の丘」はそうした歴史的財産を活用しながら、歴史、伝承、体験学習、スポーツ、コミュニテイーなど、心ふれあえる余暇活動施設です。 古代家屋復元広場、鹿の子史跡公園「石岡の歴史」展示室などがあり、古代から近世の歴史に触れることができます。

引用終わり、
ということで、市の観光協会のHPには書いていないんだが、でかい獅子頭がある。

4236、上高津貝塚ふるさと歴史の広場(かみたかつかいづかふるさとれきしのひろば)

その後、上高津貝塚ふるさと歴史の広場(かみたかつかいづかふるさとれきしのひろば)へ、

>上高津貝塚ふるさと歴史の広場(かみたかつかいづかふるさとれきしのひろば)は、茨城県土浦市上高津にある博物館。1995年(平成7年)10月17日に開館した。上高津貝塚ふるさと歴史の広場は、上高津貝塚が1977年(昭和52年)に国の史跡に指定されたことを受け、その後貝塚の復元調査を行い、1995年に登録博物館として開館した。施設は国の史跡である上高津貝塚と、隣接する考古資料館により構成される。上高津貝塚は縄文時代後・晩期の遺跡で、当時入り江だった霞ヶ浦から得られた豊富な魚や貝・塩、周辺の動植物などを採取して生活していたムラの跡である。

引用終わり、
なんとも興味もないのに、観光地を探して行っている感がなんとも。

4235、亀城公園(きじょうこうえん)

2023/03/11(土)、茨城方面へ旅行、朝一、亀城公園(きじょうこうえん)、

>亀城公園(きじょうこうえん)は、茨城県土浦市中央にある公園である。茨城百景のひとつ。土浦城の本丸と二の丸の一部を整備したもので、一般に「亀城公園=土浦城址」とされる。公園の名は、堀に囲まれる土浦城が「亀城」と呼ばれたことによる。 県指定史跡(第1号)である一方、土浦市街地の公園として市民に親しまれている。本公園は土浦城址の中心の一部を整備して公園としたもので、堀、櫓門、東櫓、西櫓、霞門などの土浦城の遺構が残るが、園内には土屋神社、聖徳太子堂、高田保のぶらりひょうたん句碑、ミニ動物園、芝生広場、ブランコ等の遊具もあり、「公園」としての側面も強い。 また、県指定天然記念物である樹齢約500年のシイの木があるほか、春は花見の名所にもなっている。なお、土浦城址は本公園を含むより広い範囲であり、一般にみられる「亀城公園=土浦城址」という認識は、必ずしも適切ではない。大正から戦前にかけ、サーカスや大相撲などの興行や見世物などが盛んに行われたが、終戦後に史蹟や文化財に指定され、昭和37年10月力道山の日本プロレス興行(社会福祉協議会主催)を最後に殆ど行われなくなった。

引用終わり、
わざわざ行く感はなす。