Author Archives: なおみ

2833、旧古河庭園(きゅうふるかわていえん)

六義園の後、近くの、旧古河庭園(きゅうふるかわていえん)へ、

>旧古河庭園(きゅうふるかわていえん)は、東京都北区西ケ原にある都立庭園である。1919年(大正8年)に古河財閥の古河虎之助男爵の邸宅として現在の形(洋館、西洋庭園、日本庭園)に整えられた。現在は国有財産であり、東京都が借り受けて一般公開している。国の名勝に指定されている。東京のバラの名所として親しまれている。

>1956年(昭和31年)4月30日に都立旧古河庭園として開園。面積は30,780.86m2(2014年10月1日現在)。公園種別は特殊公園(歴史)。2013年の年間利用者総数は237,257人。1982年(昭和57年)8月、東京都名勝指定。2006年(平成18年)1月、「旧古河氏庭園」として国の名勝に指定。

引用終わり、
バラには早すぎました。

2832、親になる no.248、はじめての展覧会保護者鑑賞

幼稚園で展覧会保護者鑑賞というのがあり、うちが指定された時間は、
2022/02/19(土)、09:40-10:00、同じ時間帯には7人という具合に分散されて幼稚園に行き、
展示されているものを観て帰ってくる。

何を観るかというと、園児たちが作った、様々な作品で、うちの子は
以前書いた、くだもの列車という歌をテーマにした切り絵?と、紙とビニルなんかで作ったペンギン。
年中、年長と、作品としては複雑なものになったり、チームで作ったりするモノになったりする。

相方は平日にも観ることが出来るそうなので、当日は私と長男で行き、
ただ眺めて帰ってくるだけかと思っていたら、これまた以前も書いた、
合コンにいたらテンションがあがる、先生がいて、作品を作る流れとか、
作ることで何処が難しいのかとか、うちの子は他の事どういう違いがあったのかな、
などを説明してくれたのでした。

まあ、正直、やっぱり可愛い先生だなぁと思いつつも、
その話にどうリアクションしたらいい保護者と認識してもらえるのだろうと
考えつつ、あまり満足のいく答えには出会えないまま、お茶を濁したのでした。

運動会の時同様、長男が、こんなものを作れるようになったのかぁ、という感慨はなく、
というか、それっぽいものを家に持ってきていたし、家でも作ったりするしなぁ、というのはある。
それよりも、やはり先生方が保護者に興味を持ってもらえるようにしている努力に感動を覚えたりしたのでした。

ところで先ほど聞いた話によると、他のお父さん方は、あまり観に行かなかったそうな。
個人的に、すごく行きたいわけでもないわけだが、行くための時間があるなら行くよな、
というか、そのための時間は作られるのだろうなぁと思うのだが、そうでもないらしい。

2831、六義園

この日の目的地、六義園、

>六義園(りくぎえん)は、東京都文京区本駒込六丁目にある都立庭園。

>六義園は、徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園である。

>1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢は、約2万7千坪の平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月をかけて、起伏のある景観をもつ回遊式築山泉水庭園を現出させた。

>「六義園」の名称は、紀貫之が『古今和歌集』の序文に書いた「六義」(むくさ)という和歌の六つの基調を表す語に由来する。

>六義園は自らも和歌に造詣が深かった柳沢が、この「六義」を『古今和歌集』にある和歌が詠うままに庭園として再現しようとしたもので、紀州の和歌浦を中心とした美しい歌枕の風景を写して、庭園を造ろうと思い立った。

>その設計は柳沢本人によるものと伝えられている。

>1702年(元禄15年)に庭園と下屋敷が一通り完成すると、以後将軍綱吉のお成りが頻繁に行われるようになる。その回数は記録されているだけで58回もあり、吉保の寵臣ぶりもさることながら、この庭園自体が当時にあっても天下一品のものと評価されていたことが窺える。

>甲斐甲府藩主であった柳沢家は、吉保の子の吉里期の享保9年(1724年)に大和郡山へ転封となるが、六義園は柳沢家の下屋敷として幕末まで使用された。

>時代が下るにつれ徐々に荒れはしたものの、江戸を襲った度々の火災で類焼することもなく明治を迎えた。

>明治の初年には三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が六義園を購入、維新後荒れたままになっていた庭園に整備が施され、このとき周囲が今日見る赤煉瓦の塀で囲まれた。

>その後は関東大震災による被害もほとんど受けず、1938年(昭和13年)には東京市に寄贈され、以後一般公開されるようになった(有料)。

>東京大空襲の被害を受けることもなく、造園時の面影を残したまま今日に生き延びた六義園は、1953年(昭和28年)に特別名勝に指定されている。

>1972年4月、都立公園無料化の一環で、六義園も無料化された。

>しかしカモやアヒル、ニシキゴイなどが来園者に盗まれるなどマナーが極端に悪化。このため他の公園とともに再び有料化が行われている。

引用終わり、
立派な枝垂桜でありました。

2830、巣鴨ときわ食堂 駒込店 3.48、個人3.4

2020/03/21(土)、巣鴨ときわ食堂 駒込店 3.48、個人3.4、

さばみそ煮定食980円、

刺身盛り合わせ980円、

おでん?

まあ、所謂、街の定食屋でありますが、刺身の鮮度もよく、土曜の昼だけど、
飲んでる人もちらほら、狭いのがちと残念ではある。

2829、かんだやぶそば 3.78、個人3.6

この日はやはり記憶通り、実家の車ではなく、秋葉原にあるレンタカーで出かけたので、
一度荷物を置いてレンタカー屋に戻り、そっから歩いて家まで帰ったのだった、途中夕食、
かんだやぶそば 3.78、個人3.6

季節の蕎麦、筍やね、

五菜盛り合わせ2,035円、

季節の天ぷら1,650円、

せいろうそば、825円、

創業140年、今の建物は、2014年ということだから、火災から結構な月日が流れたわけだけど、
繫盛していてないよりだし、いらっしゃいー、の声が相変わらず聞け、
そうは言っても高いのは仕方ないものの、さすがの良店でありました。

2828、大洗散策 no.17 牛久大仏

大洗散策最終でありますが、今になって気づく、大洗だけじゃないじゃん、

ということで、
>牛久大仏(うしくだいぶつ、正式名称:牛久阿弥陀大佛)は、日本の茨城県牛久市にあるブロンズ(青銅)製大仏立像で、全高120メートル(像高100メートル、台座20メートル)あり、立像の高さは世界で6番目。

>ブロンズ立像としては世界最大。浄土真宗東本願寺派本山東本願寺によって造られた。

>小動物公園や花畑などがある浄土庭園内にあり、公園墓地「牛久浄苑」との複合施設となっている。総面積は37万平方メートルに及ぶ。

>牛久大仏建設の事業構想は1983年に関係者によって着手された。1986年に着工、1993年に完成した。事業主体は浄土真宗東本願寺派本山東本願寺。

>浄土真宗東本願寺派の霊園である牛久浄苑のエリア内に造られた。その姿は同派の本尊である阿弥陀如来像の形状を拡大したものである。

>全高120メートル(像高100メートル、台座20メートル)を誇り、奈良の大仏(像高[注釈 2]14.98メートル)が掌に乗り、アメリカ合衆国ニューヨーク州にある自由の女神像(全高93メートル、手を掲げた姿勢の像高46.05メートル)の実質的な像高(足元から頭頂までの高さ33.86メートル)の3倍近くの大きさである。

>地上高世界最大の”ブロンズ製”人型建造物(仏像)であり、ギネス世界記録には「世界一の大きさのブロンズ製仏像」として登録されている。

引用終わり、
ということで、はじめてきたけど、でっかい。
そんで、いつもと同じ料金を払って、中には入れたけど、上まで行けないってのは残念でありました。
何処もそうだけどさ、ちょっと割引とかしてくれてもいいのにってのと、
そうはいっても厳しいんだろうから、快く払うべきだなとも。

2826、大洗散策 no.15 一休 (ヒトヤスミ) 3.48、個人2.5

鹿島神宮境内にある、一休 (ヒトヤスミ) 3.48、個人2.5

三色団子、450円、

鹿島灘産わかめそば、950円、

季節の蕎麦、

なんで点数が妙に低いのか思い出したのだが、たしかトイレが無い、ってことだな。
境内にあるトイレは、そこそこ離れたところにあり、その上おしぼり的なものはない。
境内は結構広いので、かなり歩いた後でありまして、そうは言っても手を洗ったり、うがいをしたりしたいわけだが、
結構遠いトイレまで行かないといけなし、所謂、工事現場にあるトイレでありまして、
これはちょっと酷いな、ということでありました。
味も普通だったのか、たしか、季節の蕎麦微妙だったのか。

2825、大洗散策 no.14 鹿島神宮

鹿島神宮到着、

関東に長いこと住んでいて、名前は知っているけど、行ったことのないところ、

まだまだあるのか、そうでもないのか、のところやね、

>鹿島神宮(かしまじんぐう、鹿嶋神宮)は、茨城県鹿嶋市宮中にある神社。式内社(名神大社)、常陸国一宮。

>旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

>全国にある鹿島神社の総本社。

>千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。

>また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。

逆に、全国区で言えば、そこまで立派なもんでもなさそうだけど、

甘く見てると立派で広くて、霊験あらたかで、

大層なもんでありました。

2824、大洗散策 no.13 砂、鹿島スタジアム

大洗を後にし、帰路がてら鹿島へ向かう、途中、竜巻だか単なる強風だかで、物凄い砂、
まあ、こういうのは得てしてうまく写真は撮れないわけだけど、一時は視界が結構やばい状況でありました。

鹿島スタジアム、この時、この年のオリンピックがまだどうなるかわからない時期だったため、

ここもサッカーの試合の予定があったのか、あったからなのか、知らんけど、
なんとなく、それ対策っぽい工事だったように思われる。