Author Archives: なおみ

2723、高松散策 no.5 屋島寺 やしまじ

続いて、ちょっと離れて、屋島寺 やしまじ

>屋島は高松市の東、標高293メートルの火山台地の半島で、那須与一の扇の的や義経の弓流しなどで有名な源平合戦の古戦場の史蹟で知られる。屋島寺はその南嶺にある。屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられる。

>鑑真和上は唐の学僧で、朝廷からの要請をうけ5度にわたって出航したが、暴風や難破で失明、天平勝宝5年(753)に苦難のすえ鹿児島に漂着した。翌年、東大寺に船で向かう途次、屋島の沖で山頂から立ちのぼる瑞光を感得され、屋島の北嶺に登った。

>そこに普賢堂を建てて、持参していた普賢菩薩像を安置し、経典を納めて創建されたという。のち和上の弟子で東大寺戒壇院の恵雲律師が堂塔を建立して精舎を構え、「屋島寺」と称し初代住職になった。

>弘仁6年(815)、弘法大師は嵯峨天皇(在位809〜23)の勅願を受けて屋島寺を訪ね、北嶺にあった伽藍を現在地の南嶺に移し、また十一面千手観音像を彫造し、本尊として安置した。以後、大師は屋島寺の中興開山の祖として仰がれている。

>屋島寺はまた、山岳仏教の霊場としても隆盛し、天暦年間(947〜57)には明達律師が訪ねて四天王像を奉納された。現在の本尊・十一面千手観音坐像はこのころに造られており、国指定重要文化財になっている。

>やはり国指定重要文化財の本堂は鎌倉時代に造営されているが、寺運は戦乱によって衰退する。だが、国主・生駒氏の寺領寄進や、歴代藩主の援助により相次いで修築され、鎌倉・江戸時代の風格を現代に伝えている。

引用終わり、
ところで、何故かこの寺から突然、長男、お堂や仏像などの前で突然、手を合わせ、お辞儀をするようになる。
基本的に、私たちはせいぜい本堂で軽く一度するくらいなので、人のを見て真似してたと思われ、
これがよく出来たもので、まったく違うところではせず、まあ、しても自然、というところでしかしないので、
なんでわかるんだろうなぁ、と思う。
それはさておき、そのしぐさは非常に可愛いモノである。

2722、高松散策 no.4 志度寺 しどじ

続いて、四国霊場八十八ヶ所・第86番札所。志度寺 しどじ

>香川県東部、志度湾に面して建立される志度寺。海の向こうはるかには、屋島や五剣山の稜線を望めます。開創は古く推古天皇33年(625)、四国霊場屈指の古刹です。海洋技能集団海人族の凡園子(おおしそのこ)が霊木を刻み、十一面観音(かんのん)像を彫り、精舎を建てたのが始まりと言われ、その後、藤原鎌足の息子、藤原不比等が妻の墓を建立し「死度道場」と名づけられました。

>その息子房前の時代、持統天皇7年(693)、行基とともに堂宇を拡張し、学問の道場として栄えました。能楽の作品「海士(あま)」の舞台としても語り継がれています。

>室町時代には、四国管領の細川氏の寄進により繁栄するが、戦国時代に荒廃。その後、藤原氏末裔、生駒親正(安土桃山時代、信長や秀吉などに仕える)による支援を経て、寛文10年(1671年)高松藩主松平頼重の寄進などにより再興されました。志度は、江戸時代の奇才平賀源内の故郷であり、近くに記念館があります。

>仁王門(国指定重要文化財)・本堂・本尊(国指定重要文化財)・海女の墓(能楽でも詠まれる藤原家にまつわる悲話の舞台、藤原房前が母のために建立したと言われる「海女の墓」が約20基並んでいます。海女の命日である7月16日には、「志度寺の十六度市」が開催されていました。(現在は中止)この日は年に一度、本尊十一面観音の御開帳を行っております。)

>「曲水式庭園」は室町時代の作庭で、天に向かいそびえる力強い石組が印象的。書院の正面に作庭された無染庭は重森三玲の作品で禅式枯山水庭の定型を採り竜安寺を感じさせます。

引用終わり、
とりあえず、この辺りは、一番立派

2721、高松散策 no.3 長尾寺 ながおじ

つづいて、すぐ近く、長尾寺 ながおじ

>四国霊場八十八ヶ所・第87番札所で、街中にあります。山門の仁王門は鐘楼を兼ねており、大草鞋がかかっています。

>その門前にある「経幢(きょうどう)」は元寇の役の出征将兵の霊を慰めるために建てられた供養塔で、国の重要文化財に指定されています。また、菅原道真公が都から太宰府へ向かう途中、親交があった住職明印法師は志度沖で出迎え、道真公の自画像を受け取り、これを自在天堂に祀りました。

>寺には名物行事も多く、三味線の音に合わせ3本杵で掃いた大鏡餅を運ぶ力餅運搬競技や、源義経と吉野山で別れた静御前と母・磯禅尼がこの寺で得度したことから、静御前を偲ぶ茶会も行われています。

>なお、境内の画に「剃髪塚」が残っており、多くの参拝客が訪れます。映画「ロード88」のロケ地にもなりました。

引用終わり、

たまたまというか、正月なので、餅つき。
天気もいいし、雰囲気もよい。

2720、高松散策 no.2 大窪寺 おおくぼじ

食後、八十八ヶ所を中心に、大窪寺 おおくぼじ

>四国霊場八十八ヶ所・第88番札所で、結願の寺。

>矢筈山(788m)の東側にあり、寺に上る石段脇に「八十八番結願所」の石碑があり、参拝客には感慨深いものがあります。

>二天門をくぐると正面に本堂があります。大師堂の内拝口から地下へ進むと、中には八十八ヶ所すべての本尊があり、お砂踏みができます。

>大窪寺は、行基菩薩にはじまり、弘法大師が奥の院の岩窟で修行し中国の恵果阿闇梨(けいかあじゃり)から授かった錫杖を納めて山の窪地に寺を建てたことから寺の名がつきました。

>古くから女性の参拝を許していたので、「女人高野」と言われています。
映画「ロード88」のロケ地にもなりました。

引用終わり、
突然、車で八十八番目に行った人には、そこまでの感慨は当然ない。

2718、高松散策 no.1 八十八庵 (やそばあん) 3.49、個人3.3

2020/01/02(木)、正月休みは、レンタカーで高松散策、八十八庵 (やそばあん) 3.49、個人3.3
やそばあん、という名のうどん屋、

1本130円のおでん、の残骸、

看板の、打ち込みうどん、880円、
だいこん、にんじん、里芋、あげ、ごぼう、ブタ肉、ネギ、みそじたて、と書いてある、

3.3なので、特段ひっかからなかったみたいだけど、かなりの人気店。

2717、親になる no.238、はじめての徒歩遠足

2021/10/28(木)、長男はじめての徒歩遠足でありました。こないだは、バスで飛鳥山公とは違い、徒歩であります。
幼稚園からグーグルマップ徒歩7分の、浜町公園へ。
何十人の園児がいて、何人の教師がいるのかしらんけど、
個人的には、車も結構通る道を集団で移動するのは想像しただけでNGであります。

9時20分出発、遊具で遊び、どんぐりなどを拾い、お弁当を食べ、といういうことでありますが、
これはお知らせや、幼稚園のブログ情報でありまして、本人に何回か聞いてもこれと言った回答はないのでした。

2716、口八町 なんば店 (くちはっちょう) 3.10、個人2.8

2020/01/01(水)、相方の友人とその配偶者と遅めのランチ、
口八町 なんば店 (くちはっちょう) 3.10、個人2.8、
何を食べたのか、何を話したのか、何も覚えていないが、
大阪出身の配偶者は、私の知る限り、かなり上位で話をする人でありまして、
私が話をしないで済むから楽だなぁ、と思う人であります。

2715、みさき公園 no.2 2020年3月31日で動物園・水族館の営業を終了

2019/12/31(火)、お客様から頂いた優待券を使い、二度目のみさき公園、

>みさき公園(みさきこうえん)は、大阪府泉南郡岬町にある都市公園で、南海電気鉄道(南海)が創業70周年記念事業として1957年4月1日に開業。

>2020年3月31日まで、日本動物園水族館協会加盟の施設として、遊園地・動物園・水族館などを運営していた。

>南海では、園内の営業管理業務を南海アミューズメント株式会社、園内の施設管理業務を南海ビルサービス株式会社へ委託していた。

>しかし、2019年3月26日に、上記の業務を含む当園の運営から撤退する方針を発表。

>運営を引き継ぐ事業者との交渉を進めていたが、合意に至らなかったため、2020年3月31日で動物園・水族館の営業を終了した。

>遊園地についても、南海が同日を最後に運営から撤退したため、翌4月1日から営業を休止している。

>その一方で、南海は一部のエリア(遊園地など)を残したまま、2020年4月1日付で敷地と(遊園地エリアを含む)建物・施設の所有権を岬町に無償で譲渡。

>岬町は、譲渡を受けた敷地を町営の自然公園に転換したうえで、2021年度以降の再オープンを予定している。「みさき公園」という名称は町営公園にも引き継がれるが、譲渡後の遊園地エリアの扱いは未定。

引用終わり、

ということで、今はそのまま放置されている模様。
動物たちは何処に行ったのかぁ。

2714、親になる no.237、はじめての「なかよしスポーツデー」、no.2

我が家の冷蔵庫には、長男が数字を覚える様のイラストが貼ってありまして、
それを見ながら、「なかよしスポーツデー」まで後何日、などと言っていたわけです。
「なかよしスポーツデー」が無事終わった翌、2021/10/24(日)、夕方、
長男、後4日、と言い出しまして、困ったことに、当の本人、
昨日が「なかよしスポーツデー」だったことがわかっていなかった可能性。