珍しく、スィーツ、おちゃのこ (御茶乃子) 3.67、個人3.6
ちょっとわからんのだが、大人の抹茶氷880円と、葛餅(焙煎大和茶付き)550円、かな、
寿司も丼もでかいのを売りにしているところはノーサンキューなんだが、
3.6にしているってことは、だけでなく、美味しかった、ということなんだろう。
まあ、抹茶のスィーツは全般的に他よりはウェルカムではあるわけだけど。
さて、この日の目的、国宝の殿堂 藤田美術館展 in 奈良国立博物館
>曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき
曜変天目茶碗など国宝9件を所蔵する大阪・藤田美術館の所蔵品から、奈良ゆかりの仏教美術や絵巻・茶道具など名品の数々を紹介します。
わざわざチケットを買うとは思えないので、また相方の友人の夫から回ってきたと思われる。
目玉の曜変天目茶碗についても触れておくと、
>漆黒の器で内側には星のようにもみえる大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は暈状の青や青紫で、角度によって玉虫色に光彩が輝き移動する。
「器の中に宇宙が見える」とも評される。曜変天目茶碗は、現在の中国福建省南平市建陽区にあった建窯(中国語版)で作られたとされる。
現存するものは世界でわずか3点(または4点、後述)しかなく、そのすべてが日本にあり、3点が国宝、1点が重要文化財に指定されている。
いずれも南宋時代の作とされるが、作者は不詳である。日本では室町時代から唐物の天目茶碗の最高峰として位置付けられている。
南宋のある時期、建窯で数えるほどわずかな曜変天目茶碗が焼かれ、それから二度と焼かれることは無く、なぜ日本にだけ現存し、焼かれた中国には残っていないのか(器が割れ欠けている完全でない状態のものは発見されている)、大きな謎として残っている。
中国では曜変天目は不吉の前兆として忌み嫌われ、すぐに破棄されたために現存せず、わずかに破壊の手を逃れたものが密かに日本に伝来した、とする説も唱えられたが、後述の中国での陶片の出土状況から南宋時代の最上層の人々に曜変天目が使われていたことが示唆されている。
引用終わり、
ということで、謎があって結構面白いものであります。
そんなこともありこの日も、その曜変天目茶碗を間近で見るのは別の行列を並ばなくてはいけない仕様でありました。
そんな話が合った後、東京に戻り、そのうちの一つがあり、静嘉堂文庫へ行ったのだけど、
来館者が10人くらいしかいなく、とってもゆっくり眺めることが出来たのでした。
人って、ホントに本質とは違うものに興味を持ち群がる生き物だよね。
自分で何かを選ぶ、ということが事実上もう出来ない世の中になっているんだろうなぁ。
目的地ではないのだけど、奈良と言えば、鹿、別におかねなんぞ払わなくてもいくらでも見られるわけだが、
ここ、鹿苑 【ろくえん】で、6月限定で小鹿が見られるから300円払えと、
>奈良公園には、国の天然記念物に指定されている「奈良のシカ」が約1200頭生息しています。
>「鹿苑」は、「(一財)奈良の鹿愛護会」が運営する「奈良のシカ」の保護施設です。
>鹿の生態や歴史について学べるパネル等の展示のほか、鹿苑に保護されている鹿を季節を通して見学することができます。
>奈良公園の豊かな自然と、人と鹿との共生について考え守っていくための場です。
世界中の何処にも、街中に鹿がうろうろしているところはない。
それを続けるのにどれくらいの人の苦労やお金やがかかっているのかしらないけれど、
もっと日本は奈良を誇っていいと思う。
いろんな意味で。
はじめてというか、もう半年?一年くらい前からか、長男がテレビを見てて、
怖いシーンに出くわすと、机や椅子や我々の後ろに隠れ、それでもやっぱりみたいから、
顔をちょこっと出してテレビを見る。
怖いといっても、スポンジボブとかバウパトロールなんかの子供向けアニメで、
なんかお化けっぽいのが出たりとかから、
こないだたまたまテレビでやってた、映画キングコングのリメイクの奴は、
キングコングががっつり戦う、大人でも怖いシーンまで幅広くであります。
ところで、子供が怖がる、というシーンをテレビや映画で見るとして、
子供にそんな演技をさせるなら、そんなことはしないだろうと思いそうだが、
実際にそういうことをするんだなと。
そしてそれはなんともかわいいのであります。
2019/06/01(土)、令和ホルモン 3.05、個人3.3
個人的には何とも懐かしく、印象の強い店であるが、その後店をかえ、今はやっているんだかいないんだか、
盛合せ、
手前のベーコンは特別メニュー、
非常にうちから近い、というか、何処に出るにでも、一番通る道沿いなので、必然目にする機会も多く、
2019/05/01オープン、気になりつつも、やっとこさなんとなく行ったのは、半地下で、ベビーカーをいれずらいというのもあったか。
開店主は、どっかの大学の職員だかで後々副業が問題になって、みたいな話もある、当時、20代半ばの
フレンドーな若者でありまして、まだ店がすいていたこともあるし、
我々が行くのが早い時間帯だったので、結局同じ店にはほとんど行かない私なのだが、
ここは顔なじみくらいにはなったのでした。
その後、この店はいろいろと変化していくのだけど、
また書く機会もあるだろう、相方が写真を撮っていれば。