なかなか、どう表現していいか、表現というか、なんというのかわからんのだが、
最近抱っこをすると、私の胴体に足を絡ませてくる。
赤ちゃんの成長における様々なことは、こちらが想像する以上に事細かく書いてある世の中だけど、
このことはどうも書いていないので、これをなんというのか、
いつ頃からするのか知らんのだが、
今まで子育てをしてきた人は、その後速攻で忘れるだろうけど、
おっ、と気づくことかと思いました。
なかなか、どう表現していいか、表現というか、なんというのかわからんのだが、
最近抱っこをすると、私の胴体に足を絡ませてくる。
赤ちゃんの成長における様々なことは、こちらが想像する以上に事細かく書いてある世の中だけど、
このことはどうも書いていないので、これをなんというのか、
いつ頃からするのか知らんのだが、
今まで子育てをしてきた人は、その後速攻で忘れるだろうけど、
おっ、と気づくことかと思いました。
2017/12/14(木)、松山城二之丸史跡庭園から、
松山城が如何に広かったかと、
昨日言ったのはロープウェイだったけど、こっちはほぼ平地、車で、
>二之丸史跡庭園とは
>松山城二之丸史跡庭園は、表御殿跡と奥御殿跡に大別されます。
>表御殿跡は北半分にある「柑橘・草花園」で、各地のカンキツ類や草花で昔の部屋の間取りを表現しています。
>奥御殿跡は西南部にある「流水園」で水と砂利と芝生で昔の部屋の間取りを表現しています。
>東側の「林泉庭」は、露岩を背景にした池や滝を配置して「わび」、「さび」を表現しています。
>発掘によって、その規模や大きさが注目された大井戸遺構は、そのまま露出展示しています。
>庭園内には有料施設として、茶会・句会などの文化的な催しに利用していただくことができる「観恒亭」、「聚楽亭」、「勝山亭」があります。
>松山城二之丸史跡庭園 恋人の聖地に認定
>松山城二之丸史跡庭園は、2013年10月1日「恋人の聖地」として、NPO法人地域活性化支援センターに選定されました。
>これは、和風情緒のある景観に加え、日露戦争時のロシア人捕虜の男性と日本人女性看護師のロマンスを秘めた金貨が出土したことと、
>結婚式の前撮りの場所として、年間500件ほどの撮影が行われていることなど、ロマンティックでプロポーズにふさわしい地域として評価されたことによります。
>二之丸御殿の構成
>松山城二之丸史跡庭園は、藩の中枢としての役割を果たす表御殿と藩主の家族の住居、奥御殿からなり、北側の四脚御門を公式の門とし、足軽などの詰所である御徒歩番所、応接座敷である御広間、書院、その他公式儀礼の間と続きます。
>西側の多聞櫓(たもんやぐら)の門は通用口で、その奥には奥向きの居室や台所・炊事の土間の類が建ち並びます。
>藩主の御居間は東南の日当たりの良い区域に設けられ、御居間と書院との間には黒炬燵(くろごたつ)之間、柳之御間、棕櫚(しゅろ)之御間それに続き鎖之御間、御数奇屋と茶室も備わっています。
引用終わり、
入場料200円、松山城に比べると、人手も非常に少なく、行かない人も多そう。
2020/03/07(土)、長男2歳になりました。
これに関して抵抗はしないことにしていますが、
スタジオアリスで先ほど写真撮影を終え、ランチをして帰ってきたところでございます。
とは言っても撮影中はスタバでスマフォいじってただけだけどさ。
いやはや、早いもので2歳であり、相変わらず言葉はなかなか話さないものの、
引き続きいろいろ日々成長を実感しながら、2歳からなるらしい、イヤイヤ期というものが、
顔を覗かせておるなか、相方のお腹は、これまた日々大きくなっていきますしと、
なんだったらこれまた相変わらず、何処か他人事のような気持ちがあったりする今日この頃だったりする。
やれやれ。
坊っちゃん列車を降り、坂の上の雲ミュージアム、
>坂の上の雲ミュージアムは、平成19年4月に『坂の上の雲』のまちづくりの中核施設として誕生しました。
松山市は、まち全体を屋根のない博物館とするフィールドミュージアム構想のもと、回遊性の高い物語のあるまちを目指しています。
>小説『坂の上の雲』には、近代国家の形成期の世界や日本で起きた出来事、そのなかで生きた人びとの人生など多くの物語が描かれ、現代を生きる私たちに大きな示唆を与えてくれます。
本ミュージアムでは、これらをテーマにした展示や様々な催しをおこなうことで、訪れた方々に歴史を学び、未来への思索を深めていただきたいと願っています。
引用終わり、
しかし、司馬遼太郎ミュージアムならわかるけど、
坂の上の雲ミュージアムだから凄いやね、
新しいってのもあるけど、作りがモダンで見やすくもあり、
ところで、坂の上の雲は読んでないし、日露戦争についても詳しくはなかったわけだけど、
個人的にはかなり楽しめて、400円は安い。
時間になったので、坊っちゃん列車乗車場へ、
>坊っちゃん列車の歴史
現在、松山市内(松山市駅・古町・道後温泉駅 等)を走り観光客の目を楽しませている「坊っちゃん列車」。実はこの列車は復元されたものなのです。
>明治時代の坊っちゃん列車、初期の坊っちゃん列車
その昔、伊予鉄道開業から間も無い頃(明治21年)から67年間にわたり活躍した蒸気機関車がモデルとなりました。
当時は黒煙をもくもくと出しながら、最大で18台で地域と地域を結び、松山市民の足として活躍しました。
>「坊っちゃん列車」は小説のタイトルから、昭和28年頃の坊っちゃん列車
なお、「坊っちゃん列車」という呼び方は、夏目漱石の小説「坊っちゃん」で登場人物が利用したことから、タイトルに「列車」が付き、そのまま人々に親しまれるようになったことによるものです。
「電車」の登場、「坊っちゃん列車」引退!
>梅津寺で展示されている坊っちゃん列車
それから、蒸気機関車(坊っちゃん列車)は、地域の経済・産業・文化の向上に貢献しましたが、列車の電化に伴い路線から姿を消しました。
当時の坊っちゃん列車のうち、機関車は鉄道記念物に、さらに客車を含めては県文化財に指定され、梅津寺公園などで展示されています。
>坊っちゃん列車、ふたたび、現在運行中の坊っちゃん列車
「坊っちゃん列車」の復元については走行場所をはじめ技術的にも数多くの問題があり困難とされてきました。
しかし、地元地域からの熱い声を受け、また地域活性化の起爆剤として、多くの難題をクリアし実現したのです。
>昔、石炭で蒸気の力で動いていましたが、現在はディーゼルエンジンを採用しています。
さらに、煙突から出ている煙に見えるものは、蒸気を煙に見たてたものです。環境に配慮した面も新生「坊っちゃん列車」の特徴と言えます。
引用終わり、
ということで、松山市駅から、何処まで行っても
一回の乗車800円、
もちろん、移動手段代ではないんだけど、
高いよなぁ、
でも観光客は一度は乗らざるを得ないんだろうなぁ・・・。
坊っちゃん列車ミュージアムから大通りを渡ってすぐ、正宗寺(しょうじゅうじ)子規堂
>子規堂は、正岡家の菩提寺である正宗寺(しょうじゅうじ)境内に建ち、子規が17歳まで暮らした家を復元した記念堂である。
>子規堂内には、子規の直筆原稿や遺墨・遺品などを展示しており、筆まめで鋭敏な子規の性格を感じとる事ができる。勉強部屋や愛用の机などもみもの。
>正宗寺の境内墓地に入ると右手に高浜虚子の筆塚、正面には子規の埋髪塔と内藤鳴雪の髭塔があり、その後方には正岡家のお墓がある。
>また、子規堂の正面には夏目漱石が小説の中で「マッチ箱のような汽車」と評した通称『坊っちゃん列車』の客車もある。
引用終わり、
こじんまりとして、子規に対しての思い入れも知識もない私にはなにがなんだかなんだが、
雰囲気はよい。