この日のメインになりましょうか、當麻寺、たいまでらと読む、これもなかなか読めない。
山門をくぐり、
鐘撞堂をはために、
大和三名園「香藕園」こうぐうえん。
「推古天皇二十年(612年)、用明天皇の皇子麻呂子親王が
御兄聖徳太子の教えにより、河内国山田郷に萬法蔵院禅林寺を草創された。
七十年余り後、親王の孫にあたる當麻国見が、役行者練行の当地に遷造し、
天武天皇九年(681)に金堂、講堂、千手堂、東西両塔などを造営し、寺号を當麻寺と改めた。
これは東塔。
重文の書院・茶室の御幸の間。
茶室「丸窓席」は、片桐石州増築、大胆な大円窓が見事。
講堂は特に入れない。
そんで正面の本堂。
金堂とも言う。
何がどうなっていたのかは覚えていないんだなぁ、ちっとも。
立派やね。
なんか由緒ある風の石灯籠。















