1418、愛知散策 no.6 鯱に貼られた金の量は慶長大判1940枚

By | 2018年3月24日
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家康が1609年豊臣方への備えとして名古屋城の築城と清須から街を丸ごと引っ越し。

1610年家康が清正や正則ら西国20大名家に普請を命じる、天下普請という。

1612年ほぼ完成。尾張初代藩主九男義直が入り、御三家筆頭尾張徳川家の居城として栄える。

1930年城郭建築初めての国宝に指定されるが、1945年空襲により本丸のほとんどを焼失。

1959年天守再建。

2009年本丸御殿復元工事着手、2018年全体公開を目指す。

鯱は空想上の生き物で、水を呼ぶと言われることから火除けのまじないされてきた。

創建時の鯱は、徳川家の権力・財力を誇るもので、貼られた金の量は慶長大判で1940枚と言われている。

っで、それってどれくらいの量?

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