1493、姫路城散策 no.12 「好古園」、高尾太夫が住んでいたそうな

By | 2018年6月10日
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「本多忠政時代1618年に造営され、

榊原政岑が新吉原から高尾太夫を落籍し、

住まわせたといわれる西御屋敷跡に造られた「御屋敷の庭」」

など、複数の庭にわかれております。

ところで高尾太夫(たかおだゆう)って知ってます?

>高尾太夫(たかおだゆう)は、吉原の太夫の筆頭ともいえる源氏名。
高尾太夫は、吉原で最も有名な遊女で、その名にふさわしい女性が現れると代々襲名された名前で、吉野太夫・夕霧太夫と共に三名妓(寛永三名妓)と呼ばれる。

のです。

ここで出てきたのは六代目とされていて、
>しかし、折しも徳川吉宗による倹約令で質素倹約が進められている中、政岑の贅沢な振る舞いは吉宗の怒りを買い、
要地の姫路から、僻地であり懲罰転封先として知られる越後高田への転封を命じられる。

だそうな。これだけの庭を維持しつつ、国内屈指の女性を囲おうとすると左遷されるらしいので気を付けよう。

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