3459、松本散策 no.2 松本城

By | 2023年5月1日
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このたびのメイン、松本城、

>松本城(まつもとじょう)は、長野県松本市(旧・信濃国筑摩郡筑摩野松本)にある日本の城である。

>松本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)といった。

>天守は安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された現存天守の一つとして国宝に指定され、城跡は国の史跡に指定されている。

>天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は姫路城、犬山城、彦根城、松江城)。

>1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家の関東移封が行われ、当時の松本城主小笠原秀政も下総国古河へと移った。

>代わりに石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守を始め、城郭・城下町の整備を行う。

>石川数正は徳川家を出奔して秀吉の下へ走った経緯があり、天守の築城は関東を領した家康に対する牽制・防衛のためだといわれている。

>典型的な平城。

>本丸、二の丸、三の丸ともほぼ方形に整地されている。

>南西部に天守を置いた本丸を、北部を欠いた凹型の二の丸が囲み、さらにそれを四方から三の丸が囲むという、梯郭式に輪郭式を加えた縄張りである。

>これらは全て水堀により隔てられている。現存12天守の中では唯一の平城である。

>5重6階の天守を中心にし、大天守北面に乾小天守を渡櫓で連結し、東面に辰巳附櫓・月見櫓を複合した複合連結式天守である。

>大天守は、初重に袴形の石落としを付け、窓は突上窓、破風は2重目南北面と3重目東西面に千鳥破風、3重目南北面に向唐破風の出窓を付けている。

>辰巳附櫓・月見櫓は、第3代将軍徳川家光が長野の善光寺に参拝する途中で、松本に立ち寄るという内意を受けたため、当時の藩主松平直政が建てた。

>赤い欄干を配して、風雅な雰囲気を持つ。家光の善光寺参拝は中止になったが、天守に付属する月見櫓としては唯一の遺構となった。

どうしても、姫路・熊本なんかには後塵を拝するものの、

まあ、なんともシンプルな美しさでありまして、個人的には結構好き。

松本城といえば、石川数正であるが、今年の大河では、何故裏切るか、乞うご期待。

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