施設を後にし、東軍の本陣があったとことか、
西軍の本陣があったとこなど、車で移動するんだが、
車を降りて説明文を読むのをしないほどの雨なので、
降りて見晴らしを確認することも出来ないだろうと、素通り。
2021/08/03(火)、朝食はどうしたんだか、
朝の長良川と岐阜城、
この日は、岐阜関ケ原古戦場記念館(ぎふせきがはらこせんじょうきねんかん)へ、
>岐阜県不破郡関ケ原町にある関ヶ原の戦いに関する記念館(体験施設)。岐阜県の直営施設である。
>岐阜関ケ原古戦場記念館に展示してある関ヶ原合戦図屏風、武具、出土品、書簡などは、元々は関ケ原町歴史民俗資料館(岐阜関ケ原古戦場記念館の開館に合わせ関ケ原町歴史民俗学習館に改称)に展示されていたものを移したものである。岐阜関ケ原古戦場記念館と関ケ原町歴史民俗学習館は隣接し、渡り廊下で結ばれている。関ケ原の戦いでの徳川家康最後の陣地の跡地にある。
開館は当初2020年(令和2年)7月17日の予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大のため開館を延期、同年10月21日(関ヶ原の戦いが行われた慶長5年9月15日は西暦の1600年10月21日に該当する)に開館し、翌10月22日より一般公開された。
新しいので、よくできていて、
>個人、一般:500円 高校生・大学生:300円 中学生以下:無料
お値段の割には見どころも多くよろしい。
ホテルから長良川はごく近で、長良川鵜飼(ながらがわうかい)
>長良川鵜飼(ながらがわうかい)とは、岐阜県岐阜市の長良川で毎年5月11日から10月15日まで行われる鵜飼である。中秋の名月と増水時を除く毎夜行われる。中秋の名月に行われないのは、篝火で驚かせた鮎を捕らえる鵜飼では、「月が明る過ぎると篝火の効果が薄れるため」といわれることもあるが、他の満月の際には催されるので、これは伝統的な公休と言える。
正倉院所蔵の大宝年間の戸籍から、1300年以上前、既に鵜飼いを生業とする集団が美濃国に居たと推測されている。起源は漁としての鵜飼だが、現在は古典漁法を今に伝える観光及び文化・宗教的行事としての鵜飼である。そのうち宮内庁の御料場で行われる8回の鵜飼は「御料鵜飼」と呼ばれ、獲れた鮎は皇居へ納められる。
長良川における鵜飼は日本で唯一皇室御用の鵜飼であり、長良川の鵜匠は職名を宮内庁式部職鵜匠といい、長良川の鵜飼用具一式122点は国の重要有形民俗文化財、長良川鵜飼漁法は岐阜県指定重要無形民俗文化財である。また、鵜匠家に伝承する鮎鮓製造技術、長良川鵜飼観覧船造船技術、長良川鵜飼観覧船操船技術は岐阜市指定無形民俗文化財となっている。
なお、この鵜飼が行われる長良川中流域は1985年「名水百選」に、また岐阜市の長良橋から上流約1kmまでの水浴場が1998年環境省認定「日本の水浴場55選」に、2001年「日本の水浴場88選」に全国で唯一河川の水浴場で選定されるなどする清流である。
2015年(平成27年)4月24日、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜」の構成文化財として日本遺産に認定される。
船に乗るのは大人3,500円、子供が大人しくしているとは到底思えず川原での観覧、
まあ、船で観たら、というかそもそも鵜飼ってのが、いくら信長が好きだったとしても、
そこまで面白いもんとも思えないわけだが。
かき氷を食べた後、
ホテルで行われていたミニ四駆のレース会場をのぞくがやっていない時間に行っても何もない、
途中写真が見当たらず、単にだらだらしていたのか、夕食、川原町 泉屋 3.74、個人3.4.
コースを頼んだのか、前菜盛合わせ、以下、単品価格を掲載、
炭火焼・鮎塩焼 (1尾)605円
若鮎と季節野菜の天ぷら 1,320円
炭火焼・鮎らーめん 1,430円
天然鮎の魚醤を新たにブレンドし、スープも麺もリニューアルしました。
残りスープをごはん(220円)にかけ、自家製完熟梅干(132円)と一緒にお召しあがりいただくと抜群の相性です。
鮎ぞうすい(漬物・佃煮付) 1,320円
幻の川魚味女(アジメ)どじょう<郡上白鳥・長良川産>唐揚げ (1皿)2,420円・(特大1皿)2,970円
岐阜県内の山奥・清流にしか生息しない、大変貴重などじょうです。(郡上・長良川では、2年に一度しか漁ができません。)
天然鮎と同じく川苔を食べて育つので、田んぼの泥鰌のような泥臭さは全くございません。
滋味あふれる濃厚な旨味が、本当においしいです。
引用終わり、
まあ、珍しいってことではあるし、鮎を食べようと思ったら、
世界一二の質なのかもしれんけど、そもそも鮎ってそこまで美味しいのか?という話と、
鮎ばかりを食べたいか、というのがどうしてもありまして。
続いて、古い町並み、川原町、
からの岐阜城、
>長良橋南詰の鵜飼観覧船のりばから西へ続く「湊町・玉井町・元浜町」は通称「川原町」といい格子戸のある古いまちなみが今も残っています。狭い間口に長い奥行きという昔ながらの日本家屋が軒を連ねるこの辺りは、昔、長良川の水運を利用した川港として栄え、多くの商店で賑わっていました。現在でも、伝統工芸品「岐阜うちわ」を製造販売しているお店や、岐阜銘菓「鮎菓子」で知られる和菓子店などが、レトロな雰囲気を残したまま営業しています。
>さらに、ここ数年町屋を利用したモダンな飲食店などが登場し新しい魅力もプラスされました。鵜飼観覧船のりばからすぐですので、鵜飼観覧前の散策にもおすすめです。また、「川原町界隈」として岐阜県が推進する岐阜の宝もの認定プロジェクトで【明日の宝もの】に認定されています。
まあ、知らんかったら通り過ぎるだけだけど。
徒歩すぐ、正法寺(しょうぼうじ)、
>正法寺(しょうぼうじ)は、岐阜県岐阜市大仏町にある黄檗宗の寺院である。山号は金凰山。萬福寺の末寺。本尊の釈迦如来は、岐阜大仏として知られている。黄檗宗の寺院の特徴であるが、建物、作法などは中国風であり、一般的な日本の寺院とは大きく異なる。
1638年(天和3年)、広音和尚によって開かれる。
1692年(元禄5年)、黄檗宗に改宗。千呆和尚により開山。建物が整えられる。
1791年(寛政3年)頃、第11代推中和尚が大釈迦如来像の建立をはかり、大仏に使用する経本を集めだす。
1832年(天保3年)、第12代肯宗和尚の手により、大釈迦如来像(岐阜大仏)が完成する。
岐阜大仏、正法寺の本尊。釈迦如来の大仏で、日本最大の乾漆仏である。日本三大仏を称する。岐阜県指定重要文化財。なお江戸時代には、奈良大仏(像高約14.7 m)、鎌倉大仏(像高約11.39 m)、方広寺大仏(京の大仏、像高約19 m)の三尊が、日本三大仏と称されていた。
引用終わり、
なるほど、まったく知らんかったが、結構大仏。
金華山を降りて、名和昆虫博物館(なわこんちゅうはくぶつかん、Nawa Insect Museum)、
>名和昆虫博物館(なわこんちゅうはくぶつかん、Nawa Insect Museum)は、岐阜県岐阜市の岐阜公園内にある、一般財団法人名和昆虫研究所が運営する日本最古の昆虫専門の博物館(昆虫館)である。世界各国の昆虫約12,000種類、30万点以上の標本を収蔵する。標本以外にも様々な昆虫の飼育、研究を行っている。毎年3月頃、東海地方の新聞、テレビ等の岐阜県の記事で、この名和昆虫博物館で飼育されているギフチョウの羽化が話題となる。
>ギフチョウの再発見者(命名者)である昆虫学者名和靖が、害虫駆除、益虫保護の研究のために、1896年(明治29年)4月に開設した名和昆虫研究所が前身である。研究所は当初岐阜市白木町にあったが、1904年(明治37年)に現在地に移転。名和昆虫博物館は1919年(大正8年)10月26日開館。建物は開館当時のもので、洋風2階建(設計は武田五一)。中の柱は唐招提寺のシロアリ被害を受けた柱であり、解体修理時に名和昆虫博物館が引き取り、シロアリの被害を残す目的で使用されている。明治洋風建築の貴重な建築物で、1996年(平成8年)に登録有形文化財(岐阜県第1号)に登録されている。
>隣接して名和記念昆虫館がある。1907年(明治40年)に建てられた洋風建築物で、建築当初は特別昆虫標本室として展示がなされていた。標本の保存の為に高床式になっている(設計:武田五一)。岐阜市指定文化財。名和昆虫博物館の西側に1919年(大正8年)名和靖の還暦を祝って建てられた昆虫供養の昆蟲碑がある(設計:武田五一)。代々館長は、名和靖の子孫が務めている。岐阜県まちかど美術館・博物館に登録されている。
引用終わり、
まあ、昆虫にそこまで興味があるわけでもなければ、子供たちもそこまでテンションあがるわけでもなく。
続いて、金華山リス村、
>金華山リス村(きんかざんリスむら)は、岐阜県岐阜市の金華山山頂にあるタイワンリスの動物園である。
>金華山ロープウェー「山頂駅」から岐阜城へ向かう途中にある施設で、ロープウェーと同じ岐阜観光索道株式会社が管理運営を行っている。約100坪のオープンゲージの中に革手袋を着けて入り、調教されたタイワンリスに間近で餌を与えることができる。1965年(昭和40年)に開業した同施設が日本で最初のリス園。
>金華山にいるリスは、ここから逃げ出し野生化したものではなく、1936年(昭和11年)に岐阜公園で行われた「躍進日本大博覧会」の会場から逃げ出したものである。その野生化したリスを捕まえ、調教したのがこのリス村のリスである。
>料金4才以上 200円
後に、似たような施設に行ったとき、ほぼリスが見えないレベルの施設があったので、
ここは非常に調教されていて、料金的にもリーズナブルでよいと再認識。
というか、逃げ出して野生化したやつって、今のご時世だと結構問題。