2148、四国散策 no.80 今治城、城と言えば藤堂高虎

By | 2020年3月31日
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ふなやを後にし、今治城、

>関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。

>別名吹揚城(ふきあげじょう)ともいいます。

>慶長7年(1602)に築城を始め、建造物も含めて完成したのは同13年頃と推測されます。

>海水が引かれた広大な堀や、城内の港として国内最大級の船入を備えた日本屈指の海城でした。
寛永12年(1635)より松平(久松)氏の居城となりました。

>明治維新後に建造物のほとんどが取り壊され、内堀と主郭部の石垣を残すのみとなりました。
昭和28年(1953)に県指定史跡となり、昭和55年(1980)以降、主郭部跡に天守をはじめとする櫓、門などの再建が進み、雄大な城郭の姿を見せています。

引用終わり、
天守が復元されている城がどれだけあるのかしらんけど、
ここまでちゃんとした城なのに、今まで知らんかったのです。
非常にこじんまりとした、ただ四角の極めてシンプルな城なんだけど、
石垣、天守の高さ、そして「日本第一の海岸平城」の通り、場所がよく、使い勝手もよい。
さすが高虎。

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